二 刀 流 – 行政書士とクリエイター、ふたつの剣を持つということ –

「行政書士」として立つ、という選択

2023年に行政書士として開業したとき、私はあくまで「行政書士」として立つつもりでいました。音楽制作の経験も、IT業界での二十年も、どこかで「過去のこと」として後ろに押しやり、士業としての顔だけを前面に出そうとしていました。それが、プロフェッショナルとしての正しい姿だと思っていたのです。

転機が教えてくれたこと

転機は、創業時の資金融資の相談のため、日本政策金融公庫のご担当者様と面談をしたときのことでした。私の作成した計画書を見て、思いがけない言葉をいただきました。
「クリエイターとしての部分も、行政書士と同じくらい全面に出すべきです」と。
お金を出資する側の人が「面白い」と思う人物像とは、一本の柱ではなく、複数の要素が絡み合った、他に代わりのいない存在なのだと気づいた瞬間でした。

その後、長谷さんとの出会いがありました。私がクリエイターであり、かつ行政書士でもあった——そのどちらかが欠けていれば、そもそも接点は生まれなかったでしょう。そしてこのNCUも、この両面があったからこそ設立できた組織です。行政書士だけであれば、法律の話はできても、クリエイターの孤独や悩みに寄り添う言葉は出てこなかったはずです。音楽家だけであれば、想いはあっても、それを守る術を持てなかったでしょう。

振り返れば、クリエイターというポジションが「フック」となって行政書士の仕事に繋がったことは、一度や二度ではありません。著作権の講座を依頼されたのも、音楽関係者から契約の相談を受けたのも、クリエイターとしての顔が先にあったからです。行政書士の肩書だけでは、同じ扉を叩けなかったでしょう。

「一本で食えなければプロではない」という問いに

ベテランの行政書士の先生方の中には、「行政書士一本で食えなければ本当のプロとは言えない」とおっしゃる方もいます。恐らく他のジャンルのクリエイターにも、そのような想いや発言をされている方がいらっしゃるかもしれません。
その言葉の背景にある矜持は、尊重したいと思います。しかし、依頼してくださるお客様にとって、私が一本で食えているかどうかは、関係のないことです。お客様が求めているのは、自分の悩みをどれだけ解決できるか、ただそれだけなのです。

私はクライアントの劇団公演を観に行くことがあります。その中には、演劇だけで生計を立てているわけではない方も、もちろんいらっしゃいます。しかし、私がその方々を「プロかどうか」で評価したことは一度もありません。舞台に溶け込んでいるか、その空間に自分の存在を刻んでいるか——ただ、それだけを見ています。

合唱団のイベントでは、小さな子どもが一生懸命に歌う姿に、深く心を動かされることがあります。もちろん、その子どもはプロではありません。「食えているかどうか」という物差しで測れるものが、この世界にどれだけあるでしょうか。

二刀流という戦略

一つの専門性だけで、並みいるプロたちと真正面から渡り合うのは難しいものです。しかし、二つの要素を掛け合わせることで、「自分にしか立てない場所」を作ることは、十分に可能です。なんでもかんでも手を伸ばすのは危険ですが、何かひとつを極めなければ一人前ではない、という時代の空気も、もはや昔のものになりつつあります。

二刀流とは、自分という人間の全体像を武器にするという、一つの戦略です。どちらの刃も、磨き続けることをやめない。そのことが、他に代えのきかない存在への道を拓いていくのだと、今は確信しています。

もし、同じような状況に直面していたり、「一本で食えなければ・・・」と迷っているクリエイターの方がいらっしゃるとすれば、この文章が少しでもヒントになれば幸いです。

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